需要と供給という対になる言葉があって、
ものの価値というか値段は、
常にそれが均衡するところで一致するっていうことになってるらしい。
いわゆる「韓流」と言うものをのぞいては。
絶対にいつも一致してないと思うんですよね。
だって、
「高かった~」と思うときと、
「安かった~」と思うときが半々だもの。
「ま、お値段なりね」とか「今日は元をとったわ」っていうのは、
あんまりないように思う。
元をとれない日はたいてい期待が大きくふくらみすぎてて、
安い!と思うときは、充実感で胸がいっぱいになる。
なんでもお金に換算するのは、あまりお上品ではありませんけど。
リダのファンミはだれからも「高い!」といわれたけど、
喉もと過ぎれば・・・ってやつ?
東京というところにいるおかげで、
いろんなものやことに出くわすのは、得なのか損なのか。
たぶん、多くのものやことが、
常に最後は東京を目指すということと、
まずとりあえず人のいる東京からということがあって、
数多くの機会に恵まれていることは確かだと思う。
「なぜ東京ばかりなのか」とよく言われるけど、
東京ほど、「よくわかんないけど、とりあえず行ってみようか」と言う人の
多いところもないと思う。
「韓流ファンの中高年は、高額のチケットでも払う」
と言う定説ができてから(できたのか作られたのかわからないが)、
いわゆる韓流スターのイベントのチケットは、おしなべて高額。
だいたい15000円が「フツー」という感覚に陥っている。
K-POPのブームがきて、
ちょっとコンサートにでも行ってみる?ということになって、
2時間のコンサートのチケットが6800円とかいうことに、驚愕した。
「え? これで2時間ずーっと歌って踊ってくれるの?」
と友人の誰かが言ってましたっけ。
よ~く考えれば、コンサートってだいたい5000円とかっていう感覚だったのに、
いつのまにか喜んで1万円のイベントに行くようになっちゃってたのか。
9800円が「安い!」って思えるようになっちゃったのか。
ものの値段は需要と供給で成り立つから、
15000円でもちゃんと売り切れればそれが適当な値段と言うことになるだろうし、
6800円のチケットがオークションで30000円になろうとも、
それはしょうがないことなのだ。
キュジョンとヨンセンのソウルファンミのチケットが、
10分で売り切れたけど、実際は中央の良い席は速攻で日本の誰かが買い占めたらしい、
という話をどっかで聞きかじった。(噂ですよ)
そんなことをするのは、日本人にチケット込みのツアーを売ろうとしている人たちだろうってことは、
容易に想像がつく。
まあ、それだって買う人がいるんだから、しょうがないんだろうとは思うけど、
熱い韓国のペンたちがそれではじかれてしまうのは、なんとなく申し訳ないような気がしてくる。
日本人は「機会均等」に慣れてるから、
自分が競争の場でちょっとでも不利になると、すごく怒るけど、
「資本主義」にも慣れてるので、
「ま、世の中、(お金と運を)持ってるもんの勝ちだ」ということも、妙に納得してる。
あ~、でもチケットに関しては、
それ以上に努力と愛と根性がまだまだ足りないのかな。
地獄の沙汰も金次第、というが、
最近では、「天国」にいくにいもお金、かかりすぎる。